江戸（天保）時代の国学者・医者として知られる平田篤胤は『勝五郎再生記聞』という記録を残しています。

今から200年前の実話です。

 当時、程久保村（東京都日野市程久保）の久兵衛としづには、藤蔵（とうぞう）という男の子がいましたが、6歳の時に疱瘡（天然痘）にかかり、亡くなってしまったということがありました。

さて藤蔵が亡くなって12年経ったある秋のこと。

程久保村から一里（約5km）離れた中野村には勝五郎という男の子がいました。

8歳の勝五郎が兄姉に、ふとこう言ったそうです。

「兄ちゃんと姉ちゃんは、この家に生まれる前はどこの家の子だったんだい？」

「そんなこと知らないやい」と兄の乙二郎。

「変なこと聞くねえ。だったら勝五郎は知ってるの？」姉のふさが聞き返すと「おらあ知ってるよ。程久保村の生まれで、藤蔵っていうんだ」

勝五郎の父が話を聞いてみると「おらあ、程久保の生まれで、おとうは久兵衛、おかあはしづと言うんだ」と答えます。

「本当かい？」「本当だよ」

勝五郎のあまりに不思議な話は、すぐに信じることができません。

勝五郎はお婆さんに、藤蔵が死んでから生まれ変わるまでを話しました。

「おらあ、藤蔵っていって、6つの時に病気になって死んじまったんだ。葬式の日、棺桶に入れられて、山の墓地に運ばれたけど、棺桶を墓穴に入れた時にドスンと音がして魂が抜けだしたんだよ」

こうして藤蔵の魂は、家に戻ったのだそう。

藤蔵（の魂）には当時の父や母が話をしているのが、よく聞こえました。泣いていた母の近くに行って声をかけましたが、藤蔵の（魂）存在には気付きません。

気がつくと、白髭のお爺さんが「こちらへおいで」と手を振り、藤蔵を呼んでいます。

藤蔵は、そのお爺さんに連れられて、山や川をフワフワと飛びまわりました。 そこは暑くも寒くもなく、夕方のように薄暗く、空腹にもなりません。

遠くで念仏を唱える声が聞こえたので、家に帰ってみると、自分に供えられた牡丹餅があり、その湯気がとても美味しく感じられたのでした。

あの世にいたのはほんの数日だったような気がしましたが、お爺さんから「3年が経ったから生まれ変わるんだよ」と言って連れてこられたのが、今の勝五郎が生まれた中野村（現在の東京都八王子市東中野）の家庭だということでした。

藤蔵はお爺さんに言われるまま、家に入り、かまどの陰で様子を見ていたそうです。 そしてお母さんのお腹にすうっと入り、勝五郎になって生まれたというのです。

勝五郎は「婆ちゃん、おらあ 程久保村へ行ってみたいよ。おとっつあんのお墓参りがしたいよ」と泣いて頼みます。

お婆さんは、村人に「程久保村の久兵衛さんを知らないかね？」と尋ねてみると「久兵衛さんは死んでしまったが、藤蔵という子供がいて可愛がっていたな。その藤蔵も疱瘡で死んでしまったよ」と話してくれる人がいました。

いつしか、勝五郎は藤蔵の生まれ変わりとの評判が立ち「程久保小僧」というあだ名がつきました。

「程久保小僧」をひと目見たいと、大勢の人がやって来るようになったある日、勝五郎とお婆さんは、思い切って程久保村を訪ねてみることにしました。

程久保村へは、さびしい山道を越えていかなければなりません。

「勝五郎や、この家かい？」「違う違う、もっと先の方だよ」勝五郎は、知らない筈の道をどんどん進んでいきます。

「この家だよ」そう言って、勝五郎は一軒の農家へ入っていきました。

聞いてみると、確かにこの家には6歳で亡くなった藤蔵という子がいた事がわかりました。勝五郎の話は、すべて本当だったのです。

家人は、勝五郎が藤蔵によく似ていることに驚き、藤蔵が帰ってきたみたいだといって喜びました。

勝五郎は家の中の事をよく知っており、「向かいの たばこ屋の木は、前はなかったよ」などといって皆を驚かせもしたたうです。

池田冠山（大名）も勝五郎の家を訪ね、そこで聞いた生まれ変わりの話を『勝五郎再生前生話』という書にまとめたのです。

その書は江戸中の評判となったため、勝五郎と父は江戸に呼ばれ、中野村の領主 多門伝八郎に、話を聞かれることとなりました。

このときに大変興味を持ち、勝五郎を家に招いて詳しい話を聞いたのが、学者の平田篤胤だったのです。

平田はその話を『勝五郎再生記聞』にまとめ、都（京都）へ持っていき、天皇にお見せしことから、勝五郎の生まれ変わり話は都にも知られることとなりました。

その後、勝五郎は平田篤胤の弟子となり、一年ほど学んだようです。

商売も上手だった勝五郎は、豊かな暮らしをしたそうですが、明治2年（1869）、55歳で亡くなりました。

勝五郎のお墓は八王子の永林寺にあり、藤蔵のお墓は日野の高幡不動尊にあるとのことですが、明治23年（1890）に、今度はラフカディオ・ハーン（米国の学者・のちの小泉八雲）がこの話を外国に紹介し、明治30年には「勝五郎の転生」として米国と英国で発表しています。

こうして、勝五郎の生まれかわり物語は、世界中に知られることになったということです。