皆さんは 清田益章氏をご存知でしょうか。
彼は 1970年代、テレビに盛んに出演し スプーン曲げにより名を知られた ”超能力少年” の1人。
しかしそれは能力の一部で、もっと信じがたい現象は、家族や親しい方の間で知られていただけ。
話したがらなかったそうです。
その能力と宇宙船、そして 宇宙存在について お父さまの清田喜徳氏による手記から一部を紹介します。
私は俗に超能力者といわれる息子をもつ父親である。
息子の名は清田益章、●●大学2年生である。私の家は足立区で寿司屋を営んでいる。
息子の益章は、超能力によるスプーン曲げにより、能力を発揮するようになった。
それに伴い、彼の周囲にさまざまな現象が起こったのだ。
その1つが宇宙船(UFO)であり、また宇宙人でもある。
肉体のない生命体 “ゼネフ”
昭和49年の春のこと。
ちょうどユリ・ゲラーなどの超能力ブームのころだ。
もちろん益章もスプーン曲げを見事にやってのけたころである。
突然、益章が
「僕のところに宇宙人が来た。その人はゼネフと名乗った…」
と言い出した。
ゼネフは耳がとがっていてガウンを肩にかけて光り輝いているという。
そして彼が「そこにいる」と指さすところを見ても、私にはまったく見えないのだ。
私は非常に困惑した。
スプーン曲げの現象だけでも 頭が混乱しているのに、宇宙人など とんでもないと思った。
一時は 精神科に相談しようとまで思いつめた。
ところが、その数日後の夕刻、家に隣接するガレージで遊んでいた4歳になる次女が 突然、火がついたように泣き出した。
「お月さんを見ていたら、ウサギのお化けが降りてきた」
というのである。
絵を描かせてみると、人の顔に長い耳を2本描きそえ「ウサギのお化けだ」と身震いする。
幼い次女は、益章のいうゼネフの話を知らない筈にもかかわらず、この事が起きたので、私は考えを改めざるを得なくなった。
そうこうしているうちに、今度は当時 高校生であった長女もゼネフが見えると言いはじめた。
ある日、益章がゼネフと無言でテレパシックな話をしていると、学校から帰ってきた長女が「ゼネフさんが来ているのね」というのだ。
益章が「お姉ちゃんはどこに見えるの」と聞くと、益章が見えているのと同じ場所をさし示す。
ただし、長女に見えているのは生物の姿ではなく、光った玉だという。
私は、これは決して幻覚ではなく、客観的な事実だと思いはじめたが、それが他の惑星に住む生物だとはどうしても思えなかった。
しかし、ゼネフは益章にこう語ったという。
「自分は神でも悪魔でも、地球の生物の霊でもなく、他の星に肉体をもって住んでいる。宇宙人でもなく、またその霊でもなく、宇宙エネルギーでもなく、まして益章自身の潜在意識でもない。益章が見ているゼネフの姿は本来の姿ではなく、一番納得できると思われる姿だ。自分の存在は人間の概念を超えるので説明しにくいが、肉体のない生命体とでも考えてもらうのが もっとも本来の姿に近いと思われる。しかし、それも正確ではない。」
私はまったく理解に苦しんだ。
益章自身も、彼が想像するどんな宇宙人とも似ても似つかないという。
宇宙人が呼んだUFO
ゼネフ騒動を機に、益章の超能力も ますますアップしたようだ。
そして、このころから、私も益章とともに 輝く玉を たびたび目撃するようになった。
益章と一緒にタクシーで、新宿の街を走っていたときのことだ。
益章が「お父さん、アレ」と指さすので、夜空を見上げると、光る玉のようなものが左から右へ、コマのように回転しながら浮いていた。
走っているタクシーのなかで、それも2~3秒のことだったので、あまり注釈はつけないことにする。
また、店の前で東の空から西へ向かう白い光の玉を目撃した。
私が益章に「あれは飛行機だろう」というと、その光は急にランダムな光り方をして消えた。
こうした目撃は頻繁にあったが、益章の超能力との関連が決定的になったのは、ある夜の9時ごろの出来事からである。
私は外出の帰り、突然、今、高いところに行けばUFOが見られるという直感に襲われた。
私は近くの都営住宅の屋上にエレベーターで上がった。
その光は北から南へ航空機ほどの速度で動き、途中の煙突の影に入った。
当然、光は煙突の逆の方から出て来るものと思ったら、そのまま消失してしまった。
私は急いで家に帰り、益章の部屋のある2階へいった。
益章は私の顔を見ると
「UFOが北から南に飛んでったろ、あれは僕が呼んだんだよ」
と平然といった。
私はあっけにとられたが、今度はきっと第三者を証人にしようと考えた。
ちょうど店を閉める午前3時ごろであった。
私が店の前にいると、南の方角から 例の光った玉が飛んできた。
私は店内にいた店員を急いで呼ぶと「あそこに見える光った玉、飛行機かな」と聞いてみた。
彼は夜空を見上げ、目を凝らすと私の方に向き直って「親父さん、目がいいね。オレ、何も見えないよ」と答えた。
私はがっかりした。
光の玉は北の空へはっきりと飛んでいったのだ。
今度こそ、私と益章以外の第三者に客観的に目撃してもらうチャンスだと考えたのに。
やはり、私の幻覚だろうか。
しかし翌朝、益章が 私に
「お父さん。タべ、UFOを見たでしょ。南から北へ飛んでいったところ。ゼネフさんがお父さんにUFOを見せたと言ってたよ」
というのだ。
益章だけに交信をするゼネフは、過去にも私を驚かせた。
長女が学校から帰ると 益章が
「お姉ちゃん、きょう、新しい友達ができたでしょ、みどりさんという人…」
といった。
長女がびっくりして「どうして、知ってるの」と聞くと、彼は ゼネフが教えてくれたと答えた。
ゼネフは 益章に とても複雑なことを教えるらしい。
それは言葉でなく感覚に訴えるらしく、益章は理解できるものの、それを他人にうまく伝えられないので イライラするという。
たとえば中学のころ、ゼネフは自分以外のすべての無を教えた。
益章は、それを空間的広がりのない存在であるというが、私はいくら説明されても 理解してやれない。
宇宙は 操られている?
その後も、光る玉は私の前に出現した。
しかし、やはり第三者の目には見えない。
そのうち、私はある重大なことに気がついた。
今までのさまざまな現象は、益章の超能力によって作り出されたのではないかという疑問である。
そういえば、益章が中学1年のとき、「お父さん、この鉛筆を見て」と筆箱のなかに4本の鉛筆を並べて見せたあと、ふたをして、再びふたを取ると鉛筆が5本になっていた。
そして、その5本の鉛筆を私に確認させたあと、また ふたをして、元の4本に戻してみせたことがある。
これには何の仕掛けもなく、益章にいわせると、自然に鉛筆が増減するという。
私はその後、何度か益章が小物を使って、そのように遊んでいるのを目撃した。
そして、ついには「お父さん、最近、僕1人のときは 人間を作って遊んでいるんだ」といい出した。
益章によると、自分は数学が苦手なので、他の人間を作ってやらせたが、やはり知識は自分と同程度だったという。
また、その人間は 彼が念力を解くと消えていくが、だんだん消失していって、最後に目が消えるという。
しかし、これらに対して確たる証拠は何もない。
昭和51年4月7日夕刻、益章は青い顔をして帰ってきて私に訴えた。
「今、宇宙人に会って、夢中でひっぱたいて逃げてきた」というのだ。
詳しく聞いてみると、益章は自宅近くの荒川土手に毎日 行っていたらしい。
というのは、ある日、荒川土手で何かエネルギーのようなものが身体に入ってくるのを感じたという。
そしてその周辺の直径10メートルは彼にとって、とても快適な場所だった。
その日も、そこにいると土手の上に銀色のウェットスーツを着て、メガネをかけた者がいた。
背丈は少年ほどで、10センチほど宙に浮かび、益章の方に両手を伸ばして どんどん近寄ってきた。
その者は“ピヨピヨ” という鳥のさえずりに似た音を発した。
彼は恐怖のあまり、必死でその者を両手でたたいた。
弾力のある硬さだったという。
そして、そいつはそのままあとずさり、宙を浮かび、空中に待機していたソロバン玉状の物体に吸い込まれていった。
その物体の下からは 光った何本もの糸のようなものが ヒラヒラしていたという。
益章の右手は少し腫れ、1週間ほど痛みが残ったらしい。
私は 彼の話を鵜呑みにしてはいなかった。
しかし その後トラビス事件で、益章の見た円盤と同型のUFOを知って、改めて驚かされた。
益章は「肉体をもった宇宙人に会わせてくれ」とゼネフに頼んだという。
しかし「あんなに怖い者はもうたくさんだ」ともいっている。
そして彼はその宇宙人を小児的な表現で “ピヨピヨ人間” といっていた。
ゼネフは益章に、地球の生物も宇宙人も すべて彼らにコントロールされているといったそうだ。
益章がその “ピヨピヨ人間” に実際会ったのか、幻覚だったのかは判断できない。
ただ 彼の驚愕ぶりからすると、何かたいへんなものを目撃したのは確かだろう。
以上のように現象は、物質と非物質との境界が定かでない。
しかし益章を超能力者または精神異常者と決めつけるよりは、私たちの周囲に実は心のなかの現象、心の外の現象、そして そのいずれにも属さない部分があるのではないかと思考をすすめる方が、解明の手がかりになると考えている。
(次項に続く)